가와바타 야스나리(川端康成)의 만주인식
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영문초록
戰後67年を過ぎても終りのない『加害』と『被害』の記憶をめぐる網引きが繰り返されている. 戰爭はしっかり記憶されるべきものと して記憶されているのである. 日本はどうか、戰爭は, 早く忘れ去られるべきものとして扱われてはいないか. ここ數年忘れさせようという意徒的な努力がなされているように思われる. あるいは思い出すとしても, 加害の側面は忘覺し, 日本の侵略地であった東アジアに向かい、『お前の國のため』という側面のみが記念されようとしている/ 歷史を人の主體的選澤の結果であるとみなければならない. そうすることによって歷史の失敗も誤りも反省することができるようになる. 滿州はアジアの帝國として前進を屬けていた日本が、1905年の日露戰爭の勝利によりロシアから旅順 大連の租借權、南滿州における鐵道敷設觀および鐵道附屬地行政權を獲得したのを足がかりに、その權益の維持擴大を望んできた地域である。1931年9月18日關東軍は石原莞爾、板垣征四郞らの策謀により『滿州事變』を引き起こし, 『滿州』を武力で占領した. 川端康成は、自らが戰時をどう過ごしたかを『敗敗のころ』に略述してはいるが, 戰爭そのものは川端康成にどう內在かされたのであるかにかんしては先行硏究者らによって硏究されてきました。ここでは川端康成の2回にわたった滿州行を彼の殘した資料と川端秀子と交わした書簡とを中心として考察してみました。その結果川端康成は滿州を江上波夫の『騎馬民族說』の日本民族の原鄕として受け入れ, そのようなイメ一ジとして意識していたのがわかりました. 彼は『滿州國の本』で滿州への愛情と尊敬とを現している. 『滿州國各民族創作選集』編纂の仕事もそれとつながっていると見える. 川端康成は社會や戰爭のことを直接には言及していないが、世の動きに無關心でいられず, 行き場を見失った絶望的な心情であったといわれるが, すべてを『時勢』や『大勢』に委ね、責任を放棄する彼の態度は克服されなければならない問題であると思います.
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