메이지유신과 국민 행복의 탄생
분야
인문과학 > 동양사
저자
박삼헌
발행기관
고려대학교 역사연구소(구 역사학연구회)
간행물정보
사총 2013년, 제80권 353~380페이지(총28페이지)
파일형식
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    영문초록
    近代轉換期の日本では、happinessはその意味が運や福のように私的領域に屬する場合は幸、天賦人權のような公的領域に屬する場合は幸福に?譯された. そして、このように意識的區分された?譯語の幸福は「國民一般」を主體とする文明の象徵として登場した. 一方、幕府廢止の名分として王政復古をあげて成立した「公明盛大な政體」=「皇國」は、國家(政府)の必要條件として登場した?譯語の幸福を「皇國」の充分條件に變化させる土台となった. こうした中で「文明」という用語と結合した「維新」を實踐する天皇の存在、そして台灣侵攻という近代日本における最初の海外派兵は「國民の幸福」が「國家の幸福」に置換できる意味として認識される決定的な役割を果たした. しかし、こうした間に國家體制の構想から排除されていた「國民」が國會開設を要求しながら能動的に行動し始めながら「人民の幸福」をめぐる談論は複雜な樣相を表した. 自由黨と立憲改進黨が第一の綱領として「人民幸福」を採擇したのは、その歸結點でもあった. しかし、民權の發展こそ國權の發展を支えるという主張を揭げた自由民權運動の特性上、幸福の主體は「人民」というより國權確立を前提にする「國民」に近いものであった. そして、1887年の保安條例は兩政黨が揭げた「人民」の幸福を「臣民」の幸福へ收斂させる決定的な役割を果たしたし、「臣民の幸福」を天皇の建言に歸屬させる「大日本帝國憲法」が「臣民の幸福」として認識されることで、?譯語の幸福から始った近代日本における幸福の談論はそのケジメをつけるようになるのである.
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